ユングの外向型・内向型 定義

  • 2015.01.16 Friday
  • 19:36
ユングのタイプ論 定義 ユングの『タイプ論』から引用する。

内向型・外向型:一般的な構え。類型的な構えの違い。
この対立は根本的。はっきりわかる場合とそうでない場合があるが。
同じ家族でもある子供は内向的、別の子供は外向的。 無意識的本能的な基盤から来たものに違いない。

外向型:もっぱら客体や客観的な既成事実を基準にして自らを方向付け、そのため重要な決断や行動が主観的な意見ではなく客観的な状況に左右される場合、これを外向的な構えと呼ぶ。 これが習慣的になったものを外向的タイプと呼ぶ。彼の意識は外界へ向いている。

 外向型のもっている危険は、客体の中に引きずりこまれてしまい、その中で自分自身を見失ってしまうこと。この結果、身体的な症状が出ることが。

 外向型の無意識の中には強度の自己中心的傾向がある。無意識の構えは、意識の外向的な構えを効果的に補完するために、一種の内向的な性格を持つ。 無意識はエネルギーを主観的要素に、集中させる。客体や客観的な事実に従って方向付けがなされると、主観的な心の動き・意見・希望・欲求の多くが無理やり押さえつけられ、本来これらに注がれるべきエネルギーが失われてしまう。

 外向型の無意識の欲求は原始的、幼児的、利己的な性格を帯びる。意識の外向的な構えが徹底すればするほど、無意識の構えは時として、幼児性をはるかに超えた無軌道ともいえる残忍なエゴイズムを特徴とする。

 無意識が意識に対して絶対無条件の要求を押し付けてくるため、解き難い葛藤が生じるが、それは自分が何をしたいのかわからなくなり、何もする気がなくなってしまうとか、あるいは一度に何もかもやりたくなり、できないことにまで手を出そうとするといった形を取る。

 ※無意識は意識的な心理現象の中に常に顔を出しており、しかもそれがあまりにも多いので、ある性格特性のうちどれが意識的な人格のものでどれが無意識的な人格のものなのか、しばしば観察者が区別できなくなるほどである。

 思考と感情(判断する構え)を持った観察者は意識的な性格をよくとらえるが、感覚と直感(知覚する構え)を持った観察者は無意識的な性格に影響される。

・思考・感情、感覚・直感:個人が適応したり方向づけたりするとき自分の中で最も分化している機能を使う。

内向型:主観的要因とは、客体の作用と融合して新しい心的状況を作り出していく心理的働きないしは反応のことである。 主観的要因も外的な客体と同様に確固たる基盤を持つ現実である。主観的要因はもう一つの世界法則である。
 これに基づいている者は、客体に依存している者と同じように確かなもの・永続的で妥当なものをよりどころにしている。 ただし、客観的事実には衰滅や偶然性がつきものであるため、いつまでも同一の状態にとどまっていることができないように、主観的要因も変わりやすく個人的な偶然性を免れない。

 自分の自我を自己と混同して、自我を心的過程の主体に祭り上げてしまう。主観的な好みや見解は客体の影響力よりも強力である。すなわち心的価値が高いため、あらゆる印象を凌駕してしまう。

 内向型の人にとっては客体がつねに決定的でなければならないという考え方が理解できない。 なぜ主観的な立場が客観的な状況に優先しなければならないのか、外向型の人には理解できない。

 意識の中で主観的要因が優越しているということは客観的要因が評価されていないことを意味する。客体は本来なら与えられているべきはずの意味を持たされていない。

 自我が主体であると要求するようになると、その補償として客体の影響力の無意識な強化が生じる。客体や客観的事実は圧倒的な影響力を持ち続け、個人を無意識のうちにとらえ、抵抗できない強制力をもつだけに、ますます逆らうことができなくなる。自我が可能な限りの自由を確保しようとすればするほど、すなわち独立と優越を望む一方で義務を負おうとしないと、客観的事実への隷属状態に益々陥ってしまう。精神の自由は屈辱的な経済的依存にしばられ、無頓着な行動が世間のヒンシュクを買い、卓越した道徳性がつまらぬ関係の泥沼に陥り、相手を支配しようとしたつもりがみじめにも愛されることを追い求めるはめになる。

  客体が意識的には過小評価されているにもかかわらず、不安をもたらすほど大きな位置を占めてくる。最後には自我は安心を得るために儀式体系を自分のまわりにはりめぐらせ、優越妄想だけでも守り抜こうとする。 客体への不安から一種独特の気おくれが先に立ち、自分自身や自分の意見を主張できなくなってしまう。他人の鮮烈な激情を恐れ、他人の影響下に入ってしまうのではないかという不安を打ち消すことができない。

 内向型の客体との関係は幼児的―太古的。客体はあたかも呪術的な力をそなえているかのようになる。なじみのない客体は未知の危険を秘めているかのよう。

出典:『タイプ論 心理的諸タイプ』ユング みすず書房
Psychologishe Typen Zehnte,revidierte Auflage 1921

※なぜ、くどくどと定義にまつわることをやっているかというと、
この先エニアタイプについて語るにおいて、 こういったが意味するところをとらえておかないといけないと思うからだ。
イメージではなく、定義が大事だ。

タイプ(類型)について、イメージで語ると、類型をとらえることはできないだろう。


 

内向・外向 内向と外向の反転

  • 2015.01.13 Tuesday
  • 19:17
ユングによれば、どんな人間も純粋に内向的、純粋に外向的ではなく、
内向型になっては外向性が心のどこか奥の方に未発達の状態で眠っており、
また外向型にあっては内向性が同様な状態で眠っている。

ユングはこのことについて、『無意識の心理』のなかで、
二人の若者が一緒に山野を歩いていて、美しい城にやってきたときの譬えを用いて語っている。

二人の若者とは外向型と内向型の若者である。二人は白の内部を見たいと思う。
内向型がそういうと、外向型は「入って行こう」という。内向型は躊躇するが、外向型はどんどん中に入っていく。
内向型はこのとき、入っていくことは禁じられているのではないかとか、なかに猛犬がいるのではないかといったことをぼんやり思い浮かべている。

外向型は誰かいれば「聞いてみればいいじゃないか」と答える。このとき何か面白ことがあるのではないか、誰かと出会うのではないかとか、ロマンチックな冒険のことなどぼんやり考えている。

外向型の楽天主義に頼って、二人は城のなかに入り込む。白の内部は古文書蒐集の部屋がいくつかあるばかりで、これといって変わった様子はない。

このとき、内向型は嬉々とし始める。それは彼の興味を引くもので、そこの管理人からいろんな話を聞こうとし、じっさいいろんな質問をする。この時、内向型の物おじする態度は失われている。

他方、外向型の若者はというと、意気阻喪し始めている。退屈になり、あくびが出始める。なぜなら、ここは退屈な古文書を集めた図書館のようなもの。古文書なら、わざわざこんなところまでこなくてもよかったのに。外向型はなんとなく気が滅入ってくる。そして消極的になる。

内向型は「すばらしいじゃないか」と叫ぶが、外向型は「退屈で死にそうだ」と思う。内向型は怒って、「こんなやつとはもう一緒に旅行はしないぞ」と思う一方、外向型は内向型が怒るのを見て「こいつはエゴイストだ、自分の興味のためならこんないい天気の日をむだにして」と心中思う・・・。

この話をあなたはどうとらえるだろうか。もし、あなたが外向型であれば、じっさい外向型の若者のような行動をとるかもしれない。内向型であれば内向型の若者のような行動をとっているのではないだろうか。

ユングはこの話で、内向型が外向型となり、外向型が内向型となったところを示したが、内向型の外向性は外向型の外向性とは違うものであり、外向型の内向性は内向型の内向性とは違うものであると述べている。

自分自身が外向型であるか、内向型であるか、迷う人もいるだろう。

この時、この二人の若者のうち、自分はどちらに当てはまるかと感じるか、それによって自分が内向型と感じるならば、それは内向型の内向性なのか、外向型の内向性なのか、また同様に外向型と感じるならば、それは外向型の外向性なのか、内向型の外向性なのか、照らし合わせてみれば判断がつくだろう。

性格のタイプ その4 ユングの内向外向

  • 2015.01.13 Tuesday
  • 14:25
ユングの内向型・外向型

<内向型の特徴>

心的エネルギーを集中させ、周囲に対して強固な壁を作って内部にエネルギーを蓄積させ、その中で独自の世界を造りだし、それを基準にして自分なりの判断をするタイプ。客体はしばしば、自分の内面の世界を攪乱するものと受け取られる。

意識の抽象化作用によって、「経験」と「法則」が作られ過ぎるため、客体との関係が制限されればされるほど、その代償として無意識の中に対象への欲求が強まり、この欲求は意識の中に現れ、客体と無理やり感覚的に結びつこうとする。

自分が客体と関係することに対してつねに深いところで感じている軽蔑を外向型の外向にも向けがちである。

自我をあまりにも大事にしすぎ、自我が影響をうけるとなると、いかなる変化をも恐れる。

躊躇、反省、引っ込み思案、容易に胸襟を開かぬ、人見知りをする、いつも受け身の姿勢でいる、自分を蔭の方において周囲を疑い深く観察する。内向タイプの反省的本性は、このタイプの人間に、行動する以前につねに熟慮し、自省するようにしむける。これによって彼の行動は緩慢になる。外的客体(対象)に対する猜疑心や物おじは彼をためらわせ、そのため外部世界にうまく適応できない。

<外向型の特徴>

自然に周囲の他人や物事に関心が向いていくタイプ。心的エネルギーが外に向かって拡散。このようなタイプは他人の言動や判断が大きな比重を持ち、態度を決定するときも周囲の状況や他人の動向に合せて決める傾向がある。

対象との関係は発達しているが、その理念界は感覚的・具象的・個人的である。

内向型に対して、内向型の人間が外向型に対して感じるのと同じ嫌悪・恐れ・ひそかな軽蔑を感じるのである。

変化や変動のなかで自分らしさを感じ、自我はいかなる変化をも恐れない。

迎合的、一見打ち解けた、気さくな態度、どんな状況にも容易に適応し、すぐ周囲と関係を結び、くよくよせず、自信たっぷりで未知の状況へと飛び込んでい。外的事物に対して積極的な関係を持っている。外的事物によって引き寄せられる。新しい未知の状況が彼を誘惑する。未知のものを知るために、いそいそと飛び込んでいく。通例まず行動し、それからその行動について考える。それゆえ、行動は迅速で、試案や躊躇に妨げられることがない。

ユングによれば、どんな人間も純粋に内向的、純粋に外向的ではなく、内向型になっては外向性が心のどこか奥の方に未発達の状態で眠っており、また外向型にあっては内向性が同様な状態で眠っている。
ユングはこのことについて、『無意識の心理』のなかで、二人の若者が一緒に山野を歩いていて、美しい城にやってきたときの譬えを用いて語っている。

二人の若者とは外向型と内向型の若者である。二人は白の内部を見たいと思う。内向型がそういうと、外向型は「入って行こう」という。内向型は紂書するが、外向型はどんどん中に入っていく。内向型はこのとき、入っていくことは禁じられているのではないかとか、なかに猛犬がいるのではないかといったことをぼんやり思い浮かべている。外向型は誰かいれば「聞いてみればいいじゃないか」と答える。このとき何か面白ことがあるのではないか、誰かと出会うのではないかとか、ロマンチックな冒険のことなどぼんやり考えている。
外向型の楽天主義に頼って、二人は城のなかに入り込む。白の内部は古文書蒐集の部屋がいくつかあるばかりで、これといって変わった様子はない。このとき、内向型は嬉々とし始める。それは彼の興味を引くもので、そこの管理人からいろんな話を聞こうとし、じっさいいろんな質問をする。この時、内向型の物おじする態度は失われている。
他方、外向型の若者はというと、意気阻喪し始めている。退屈になり、あくびが出始める。なぜなら、ここは退屈な古文書を集めた図書館のようなもの。古文書なら、わざわざこんなところまでこなくてもよかったのに。外向型はなんとなく気が滅入ってくる。そして消極的になる。
内向型は「すばらしいじゃないか」と叫ぶが、外向型は「退屈で死にそうだ」と思う。内向型は怒って、「こんなやつとはもう一緒に旅行はしないぞ」と思う一方、外向型は内向型が怒るのを見て「こいつはエゴイストだ、自分の興味のためならこんないい天気の日をむだにして」と心中思う・・・。

この話をあなたはどうとらえるだろうか。もし、あなたが外向型であれば、じっさい外向型の若者のような行動をとるかもしれない。内向型であれば内向型の若者のような行動をとっているのではないだろうか。

ユングはこの話で、内向型が外向型となり、外向型が内向型となったところを示したが、内向型の外向性は外向型の外向性とは違うものであり、外向型の内向性は内向型の内向性とは違うものであると述べている。

自分自身が外向型であるか、内向型であるか、迷う人もいるだろう。この時、この二人の若者のうち、自分はどちらに当てはまるかと感じるか、それによって自分が内向型と感じるならば、それは内向型の内向性なのか、外向型の内向性なのか、また同様に外向型と感じるならば、それは外向型の外向性なのか、内向型の外向性なのか、照らし合わせてみれば判断がつくのではないだろうか。


 

性格の類型 その3 ユングの内向・外向

  • 2015.01.13 Tuesday
  • 13:40
そして、次にユングの名があげられる。ユングの内向-外向型である。

ユングは” Psychologishe Typen”『心理的諸タイプ』を出版(1921年初版)している。
これは『タイプ論』というタイトルでみすず書房から出版されている。

そのなかで、「人間心理には、多くの個々の差異のほかにタイプの違いもある」と述べている。
タイプの違いに関してまっさきに注意をひいたのが内向型・外向型と名付けた二つのタイプであった。

ユングは『タイプ論』のなかで、タイプの違いが、人間関係のジレンマや誤解、争いの原因となっていると述べている。

タイプの違いが、日常の様々の場面で人間関係のさまざまな軋轢の原因となっており、そのことを理解することが、問題の改善につながる・・・。

内向型・外向型の違いは、内向型は、関心の向きが客体から離れて主体へ向かうのに対して、外向型は、関心の向きが客体へと向かう。両者ではエネルギーの向きが違っている。 ユングの考えでは、人はみな内向・外向の二つのメカニズムを備えているが、たいていどちらかに偏っているのであり、相対的に優位な方がそのタイプということになる。

習慣となった構えが、タイプとしてとらえられる。

ユングはこの二つのタイプは、個々の心理的な機能によっても区別されると考えた。

「思考」「感情」「感覚」「直感」の4つである。

これらの機能の一つが習慣的に優位になると、それに対応したタイプが成立する。
したがって、2×4で8つの基本タイプに分類される。