妬みと嫉妬 虚栄

  • 2015.01.23 Friday
  • 16:29
エニアグラムサロン昨年の5月にタイプ4についてシェアしました。
エニアタイプ4の囚われ(パッション)は、妬み(envy)。

そこで、妬みと嫉妬(jealousy)はどう違うのだろうかという話になりましたね。

メラニー・クラインの『羨望と感謝』という本から引用しよう。

この本では、妬み(envy)は「羨望」と訳されているので、そのまま引用する。
羨望(envy)と嫉妬(jealousy) メラニー・クラインによると、
「羨望は、自分以外の人が何か望ましいものをわがものとしていて、それを楽しんでいることへの怒りの感情でありーー羨望による衝動は、それを奪い取るか、そこなってしまうことにある。さらに羨望は、ただ一人の人物に対する関係で会って、初期の母親との独占的な関係にまでさかのぼりうるものである。嫉妬は羨望に基づいているが、少なくとも二人の人物との関係を含んだものであり、主に愛情に関係していて、当然、自分のモノだと感じていた愛情が、競争相手に奪い去れたか、あるいは奪い去られる危険があると感じることにある」

ナランホは、エニアタイプ4を「羨望と抑うつ的・被虐的性格」と形容している。

羨望(envy)という感情は、「何かが欠けているという苦痛を伴う感覚と、欠けていると感じられるものへの切望を含んでいる。主体の外になる何かを良いものと感じ、それを取り入れようとする状態である。羨望は幼児期の欲求不満や欠乏感の反動として理解できるが、同時にそれは心理的に自己への欲求不満の要素を備えている。」

エニアタイプ4は欲求不満を抱えるタイプなのである。

だから、私たちはとらわれのエニアタイプ4から醸し出される欲求不満の香りを受け取ることになるのだ。

タイプ3は理想化した自分(自己イメージ)に同一化している。そして、他者からは、その自己イメージをサポートしてもらいたい。その自己イメージがサポートされるように、無意識のうちに他者を操る。

タイプ4は理想像に合致しない心的部分に同一化し、得られないものを得ようともがいている。

「人を操る」=対人操作に関しては、タイプ2のところでもう一度触れたい。

私たちは、どのようなタイプであれ、多かれ少なかれ、無意識の対人操作を行っている。そのタイプが持つ、自己イメージを他者にサポートしてもらいたいというのは、タイプ3や2に限らず、どのタイプにもある。

ナランホによると、エニアタイプ4は、ユングの心理的タイプにもはっきりそれと合致するタイプがない。 ナランホは内向的感情タイプの分類にそのタイプの特性を見るが、リソは内向的直感タイプに分類している。

しかし、ユングが内向的感情タイプについて述べることは、タイプ4に断片的にしか合致しない。リソの内向的直感タイプというのも、エニアタイプ4に完全に合致するとは思えない。

タイプ4においては、親しさが軽蔑をはぐくむ。手の届くものは手の届かないものほど望ましくないものになってしまう。

SNSで友人知人のアクティビティを閲覧し、その人の楽しそうな交友関係、仕事で活躍している様子、幸せそうな家族とのひと時などを目の当たりにし、それを喜ぶどころか、なんとなく面白くない、どころか、落ち込んでしまう人もいるという。ここに妬みのメカニズムが発症している。

エニアタイプ4に限らず、「妬み」は私たちの心の中に湿った情念をたきつける。とりわけ、囚われのエニアタイプ4は、その情念と一体化して悶々とすることになるのだろう。

はるか手のとどかないところにあるものには、「妬み」は生じない。それはただの「憧れ」となる。「妬み」が危険なのは、身近な人間関係において、この情念が発動されることにある。

たとえば、友人同士、母と娘、職場の同僚、部下・・・。

サタンは神を妬んだという。なぜ、「妬み」なのか。・・・自ら神のようになりたかった。

あなたが妬む相手は、あなたがそのようなものになりたいということなのか。

とらわれのエニアタイプ3は、自らの内面と触れ合わない。タイプ3はタイプ2、タイプ4と同じく感情センターのタイプである。 自らのうちにある真の感情と触れ合わない。そこには恐れがある。

エニアタイプ3においては、いくらか異なる情念のメカニズムが発症する。彼(彼女)には競争意識が生じる。自分が勝利を得るために、人の注目を浴びるために、利用できるものならどんなものでも利用する。私はこれだけの業績を成し遂げた、このようなステータスのある人々と付き合っている・・・。

空虚な自分。中身のない自分。その自分を隠すため、外見を覆う。虚栄。そして、自分を欺く。欺瞞。

私自身、妬みと虚栄とどっちが強いだろうかと考えると、内面にはじめっとして暗いものがよどんでいるような気がして、それはおそらく妬みだろうと思う。 
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